清流流れる山間の木造駅舎と特急やくも
青春18切符をあえて1日分残しておいて桜が咲いたら遠出しようと思っていた。そして西日本各地で桜が満開となった先週、ずっと気になっていた芸備線に乗るべく、京都から普通列車で日帰り旅行をしてきた。
芸備線は安芸国(広島県)から備中国(岡山県)にかけて、中国山地の山間部を横断する山岳路線。とりわけ東城~備後落合間は昨年廃線になった三江線よりも利用者が少なく、列車は1日に3往復しかない。
ただ芸備線でそのまま広島駅へ抜けると京都駅着が0時過ぎになり、出町柳まで帰れなくなってしまう。というわけで今回は岡山から西日本一番の秘境駅とも言われる広島県の内名駅へ行き、そこで折り返しの列車を待って素直に戻ってくることにした。
出町柳5時始発の京阪電車で七条へ、そこから京都駅まで猛ダッシュし快速姫路行きに乗り込む。これが京都の下宿から西へいち早く出る18切符ルートだ。
姫路から普通列車新見行きでいよいよ岡山県へ。18切符期間は混雑するのであえて平日をねらったのだが、関西のおばちゃま軍団を筆頭にたくさんの旅行者がおり、車内は満席。結局、上郡あたりまでずっと立っていた。関東生まれの小心者は勢いですぐに圧倒されてしまうのである。
桜が満開だ。窓の外を見ると沿線の至る所に大きなカメラを携えたおじさんがいる。桜の時期だから仕事を休んで列車を撮りに来ているのだろう。
(ちなみにこれは帰りの電車の中から撮った写真)
芸備線備後落合行きは朝5時台の次は13時まで来ない。新見で列車を待っていても仕方ないので途中の方谷駅で途中下車。
他にもう一人降りた乗客がいた。どう考えても同業者(鉄オタ)である。こんな山間部の何もない駅で1時間近く一緒になっても、あちらも気まずいだろうから駅舎見学は後にして先に駅の近くを散歩することにした。
これが駅前である。川はきれいだが正直あと1時間どうやって時間を潰そうか悩ましい。
特急やくもが警笛を鳴らしながら通過していった。この国鉄車両を見られるのもあと数年である。もうすぐ新元号になるし時代がどんどん変わっていってしまう。
ぶらぶら駅の方へ戻る。猫がじっとこちらをにらみつけてから堂々と目の前を横切った。「なんやねん、歩いてるとこ邪魔せんといて」という言葉が聞えてきそうである。
この駅はこの地にゆかりのある山田方谷の名前を冠している。江戸末期の漢学者だ。
大正時代に伯備線の駅がこの地に造られることになったとき、地元の人々は何としてでも方谷の名前を駅名として残したいと切望していた。駅名には人名をつけないというのが当時の鉄道省のスタンスだったが「方谷というのは西の方にある谷の地名である」と苦しい言い訳をして、ついに認められたそうである。笑える話だ。
そんな地元の人々の愛がこもったこの駅は開業当時の造りがよく残っているとして国の有形登録文化財に指定された。無人駅だが地元の方が毎日掃除しているためきれいだ。
有人駅時代に使われていた駅員室にも入ることができる。
こういう木造駅舎で海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」とか井上陽水の「少年時代」とかを聴いてみると異世界に誘われた気分にさせられる。時間がたつのも忘れそうだ。
実は、本当に時間がたつのを忘れてしまった。列車に乗り遅れたのだ。はい。
前回記事で方谷駅の駅ノートにイラストを残したことを書いたが、見回りに来た地元の方とお話をしたりしていてイラストを貼るのに手間取ってしまった。で、あわててホームに出たときには電車はもうすでに遠くに消えようとしていたのだ。
まあいい。この1時間後の電車でも芸備線には間に合うし、新見の街は帰りに観光できるから。でもそれならイラストを直に書けば良かったなぁと少し後悔。
こういうときは開き直るしかない。よかった探しである。「あと2本も特急やくもを見ることができるなんて電車に乗り遅れてよかった!」
なんと岡山発出雲市行きのやくもはパノラマ車!本当によかった。
出雲市発岡山行きも目の前を通過してゆく。絶対におまえの勇姿は忘れないぞ。
川の中に小石を投げ入れたりして遊んでいるうちに自然と時間がたってしまった。
新見行きは213系だった。これは本当に乗り遅れて正解である。
窓の外に箱庭のような新見の町が見えてきた。ここに来るのは2度目。昭和チックで路地散策が楽しい町だ。帰りにゆっくり立ち寄ったのでそれは明日の記事で。
またまたラッキーなことに湘南色の115系が停まっていた。昔はあちこちで見かけたが、今となっては数少ない貴重なヤツだ。今回の旅はいろいろな意味でついている。
新見からいよいよ芸備線に乗り込む。予想通り同業者だらけだ。でっかいカメラを携えながら車内をうろうろする人もいて落ち着かない。キハ120は好きだが座る位置を考えないとどこぞの動画サイトにミラー越しに顔が出てしまうか分からないからやっかいだ。
渓谷沿いを列車は走り、いよいよ西日本一ともいわれる秘境駅、内名駅が近づいてきた。座席から立ち上がると一斉に周囲の目がこちらに向かう。「なにこいつ?降りるの?」って感じで。
1日の平均乗降客数が0人の駅なのだから驚かれるのも無理はない。しかも広島方面に抜ける列車は6時間先までないのだからふらっと降りることもなかなかできないのだ。ちょっといい気分である(笑)
列車が行ってしまうとあたりは静寂に包まれる。聞えるのは木々のざわめきと川のせせらぎの音のみ。ああ、本当に来てしまった。念願の内名駅。
つづき:内名駅散策